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kuhsan7411のブログ

30歳で脱サラ。寅さん稼業(ゲリラマーケッティング)を無一文から始めて、目黒区の商店街に小さな眼鏡店を開いた奮闘記。商売を始めてみたい方、お店を開きたい方には実践出来る参考例も。包丁の実演販売の神様やダービー2着馬の馬主との交友録。日本全国、股に掛けた「寅さん稼業」の体験は各地の県民気質や名店・グルメを語ります。また韓国美女と交際、結婚した縁で、日本と韓国の深い溝にも触れています。毎月には最新の商売・製品のトレンドが分かる展示会・見本市を紹介しています。

常設販売化が裏目!!!急拡大のつけ!!![34]

商材を見直し!商品を一新

1983年~4年は「健康めがね」の販路拡大で、見本市以外の駅ナカ催事などにも出店しましたが、そちらは所場代が売り上げ歩合なので、粗利益が悪い商品では赤字がかさむ一方です。

 

見本市販売という単発営業から、安定営業を目指して常設に近い販売を目指したのが裏目に出た形でした。

 

その欠点を補うためには「健康めがね」以外の粗利益が高い商品が求められます。

 

それで、先のブログで記したように粗利益の悪い商品から、Cオプティカルが取り扱う老眼鏡に切り替え、粗利は40%から60%以上に大幅に改善されたのです。

サングラスも販売に加えることで若い客層も取り込めるように、商材を増やします。

 

常設に近いといつても催事は催事で、やはり安定した常設店舗ではありませんので、より売り上げのある販売場所を探しますが、簡単には見つかりません。

 

財務内容はやや改善されたものの、一進一退のまま1984年は終えますが、今から思えば、このころがどん底商売人生の時期でした。

 

鳴門大橋開通記念・鳴門ぴあ博覧会に出展!1985!!

最悪な商売人生を迎えていた時、朗報が飛び込んできました。

 

1985年春に開通した鳴門大橋を祝い、徳島県が鳴門ぴあワールドフェステイバルを4月28日より50日間開催するのですが、それに出展が決まつたのです。

鳴門総合運動公園の広大な敷地で、盛況が期待されていました。

 

出展代金は覚えていませんが、開催期間の割には安かつたのではないでしょうか。

それでも40~50万円はくだらない思いますが。

 

開催期間が長いので当たれば大儲けが期待できると胸を膨らませました。

それでも危険分散するため、小間は財布販売の友人と半分ずつ分割しました。

 

ゴールデンウィークは他にも売れる場所が多数あるのですが、私は鳴門ぴあフェス・に全てをかけました。

赤字がかさんでいたこともあり、サヨナラ満塁逆転ホームラン狙いです。

 

東京からは財布販売のSG氏とスペインオモチャ販売のM氏に私を含め3業者のみ。

下の画像が鳴門ぴあでの舞台と出展様子になります。

 

 

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鳴門ぴあステージ

 

 

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展示小間販売風景

 50日間で51万人の入場者があるも???

大いなる期待を持つて開幕を迎えました。

初日こそ、そこそこの売り上げはありましたが、期待にはほど遠い売り上げに終わります。

徳島県人の渋さをあとで聞くのですが)

 

更に日曜祭日はともかく、平日のお客様は小学生・幼稚園児・保育園児ばかりで、にぎやかでかわいいのですが、まつたく商売になりません。

 

51万人の入場者数といつても、私の体感では半数以上・3分の2くらいが小学生以下の児童たちです。

隣の小間のM氏はオモチャ主体なので売れてはいるものの、やはり思ったほどの売り上げではなさそうです。

惨敗も惨敗・大赤字の鳴門ぴあフェスティバル!!!

50日間の長い会期なので、近くの小間に出店していた地元のウナギ屋さんに不動産屋を紹介してもらい、アパートを借りました。

 

レンタル店に連絡してTV・布団・炊飯器を借りたので、その費用は小間代・交通費を含めるとバカにならない金額です。

 

絶望的な売り上げの中でしたが、毎日の仕事というか生活はどちらかと言えば、逆に楽しいことが多かった気がします。

 

というのは小間の2つ隣(私の小間の隣はスペインオモチャのM氏)のサンドウィッチ店は、上の画像で歌つている元宝塚出身のタレントさんが出店していたもので、イベントの合間には店に顔を出していました。

 

そこには彼女の宝塚時代からの若い女性ファンがお手伝いに来て、常ににぎわっていたからです。

更にその隣のウナギ屋さんも10代のアルバイトの女性と、若女将(といつても私と同じ年位の独身)がおり、他愛のない話を毎日しながら過ごしていたからです。

 

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隣の出展者と記念撮影・元宝塚女優と応援のファン


 毎日うなぎ屋さんの売れ残りの弁当を安くわけてもらい、時には元宝塚女優やとりまきのファンたちと市内のカラオケに繰り出しました。

 

大きな舞台の7~80人は入るカラオケ店でしたが、本職の元宝塚女優が歌うと、その迫力たるや今まで歌っていた素人の歌の余韻は、見事に消し去る凄さですね。

 

彼女の名前は忘れましたが、その時の五輪真弓の「恋人よ」の彼女の生歌は、全席のお客様のどよめきがはつきり分かりました。

 

商売とは逆に楽しい思い出ばかりがよみ返ります。

 

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ウナギやの若女将とカラオケ


 

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